ヨナと悔い改め

ヨナの物語は楽しいですが、そこには大切なメッセージがあります。ヨナは、ニネベと言う所に行って、その町に対する神様の怒りを宣言しましたが、神様はニネベに対して、憐れみを現しました。神様の愛と恵みは、神ご自身の怒りより強いです。ですから、このヨナの物語には、純粋な福音があります。

ニネベはアッシリアの都でした。そして、その時代では、アッシリアはイスラエルの大きな敵でした。ヨナだけではなくて、旧約聖書の中のほかの預言者もニネバに対する神様の怒りと滅びを預言しました。預言者のナホムは、このように預言を始めます、「ニネベについての託宣。」1:1又、「災いだ、流血の町は。町のすべては偽りに覆われ、略奪に満ち/人を餌食にすることをやめない。」3:1。そして、ゼフャニヤ書にも、このように預言されています、「主はまたその手を北に向かって伸ばし/アッシリアを滅ぼし、ニネベを荒れ地とし/荒れ野のように干上がらせられる。」2:13。ナホムとゼフャニヤは、ニネベの滅びについてしか書きません。ヨナにも、同じメッセージがありました、「あと四十日すれば、ニネベの都は滅びる。」3:4。

ヨナの物語の中には、いくつかの奇跡があります。まず、船に乗り込む時、くじを引く時、正しくヨナに当たりました。そして、巨大な魚が神様から送られて、彼を呑み込みました。魚の腹の中にあっても、ヨナは祈る事ができました。それで、悔い改めて、神様の意志に従うように約束しました。次の大きな奇跡とは、ニネベのすべての人々がその預言者のメッセージを信じた事です。悔い改めて、神様の憐れみの為に祈りました。そして、神様はその町を滅ぼされませんでした。これも奇跡です。救いの奇跡です。次の奇跡は、とうごまの木についてです。ヨナを暑い太陽から守る影を与える為に、その木を神様は下さいましたが、次の日は枯れてしまいました。それは、ヨナに恵みと愛を教える為でした。ヨナは、敵の町の滅びを望みましたので、ヨナには神様の憐れみが解かりませんでした。ですから、神様は言われました、「お前は、自分で労することも育てることもなく、一夜にして生じ、一夜にして滅びたこの とうごまの木さえ惜しんでいる。それならば、どうしてわたしが、この大いなる都ニネベを惜しまずにいられるだろうか。そこには、十二万人以上の右も左もわきまえぬ人間と、無数の家畜がいるのだから。」4:10-11。ヨナとほかの預言者達は、この町に対して神様の裁きを宣言しました。彼らはその町を憎みまして、その滅びを待ち望みました。ナホムの時代についに本当に滅ぼされました。紀元前612年BC、8月でした。しかし、ヨナの時代には、神様は憐れみを表しました。これは奇跡です。悔い改めるしるしとして町の人々が断食して、粗布を身に付ける事も大きな奇跡でした。その人々が全能の主なる神様、ヤーウェーの力を知っていたので、憐れみの為に祈りました。そして、神様は彼らの祈りを聞きました。神様はニネベの人たちが神様に祈る時、その町の悪人の祈りをも聞きました。

今日の福音書で、イエス様は来られて言われました、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と。「あと四十日すれば、ニネベの都は滅びる」と言われませんでした。40日間ではなくて、「時は満ち、神の国は近づいた。」神の国がもう既に来ましたので、準備をする為の40日間さえもありません。今こそは、「悔い改めて福音を信じる」時です。正しい反応は何でしょうか。ニネベの人々の正しい反応とは、罪を止めて、救いの為に祈る事でした。弟子達の為の正しい反応とは、自分の仕事を捨てて、イエス様について行く事でした。弟子達の場合には、救いの為に祈ることよりも、救いの為に神様に感謝することです。なぜなら神の国は近づいたからです。

ニネベの人々には、悔い改める為に、40日間が与えられましたが、弟子達の為に、時間がありませんでした。どうしたら良いか、プランを作ったり、決心する為の時間がありませんでした。イエス様は「私について来なさい」と言われて、彼らはすぐに網を捨てて従いました。

私達は今日の聖書の箇所を読みますと、私達にも決める時間がたくさんある訳ではないと分かります。明日が無いかも知れません。人生をどのように過ごすか、だれに従うか、ゆっくり考える時間が無いかも知れません。死ぬかも知れません、天災や別の滅びが突然に来るかも知れません。今は時期です。イエス・キリストによって、主のみ言葉が来ます、神の国が近づいています。それで、どうしましょうか。それは悔い改めて、イエス様に従うことです。

神様には憐れみがあります。憐れみと恵みです。神様は私達を呼びます。ヨナのように、神様の命令の反対の方に行きましても、神様は私達に声をかけます。ヨナは神様から逃げる事が出来ませんでした。海に飛びこみましても、神様から逃げる事が出来ませんでした。神様にはヨナの為に、素晴らしい計画があったからです。又、その4人の漁師の為にも、素晴らしい計画がありました。又、あなたと私にも、素晴らしい計画があります。私達は罪の海に溺れる時、神様は魚を送る訳ではなくて、み子イエス・キリストを送りました。バプテスマの水を通して安全に私達を救い出して下さいます。そして、イエス様が3日目に甦ったように、私達にも復活と新しい命を下さいます。そして、私達を呼んで、私達にも御自分のご計画を与えます。私達に与えられた使命は、ヨナよりも、漁師に与えたもののようです。私達も「人間をとる漁師」になります。私達が宣べ伝えるメッセージとは、罪人を滅ぼすよりも、神様は人々を愛して、イエス・キリストによって恵みと憐れみを与えようと思う事です。ヨハネ3:16、「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」

ヨナを救い出したのは、大きな魚でした。教会の昔から、イエス様のためのシンボルは魚でした。見た事があるでしょう。魚の形の中には、ギリシャ語の「魚」と意味する言葉が書かれています。「イクディス」。その言葉の文字をひとつずづ使って、「イエス・キリスト・神の・子・救い主」と読む事が出来ます。イエス様は私達の救い主です。彼に従って、人間をとる漁師になりましょう!

アーメン。

マイケル・ニアフッド、牧師   
沖縄ルーテル教会