使徒言行録1:12-14, ヨハネ 17:1-11

2階の部屋で一つとなる

       沖縄ルーテル教会の礼拝堂は2階です。

       同じように、最初の教会の集まりは、2階の部屋でした。使徒言行録で、弟子達は2階の部屋で集まりました。最後の晩餐もそうでした。同じ部屋かも知れません。ですから、私達の礼拝堂が2階である事を考える時、苦しみを受ける前の夜でイエス様と弟子達の集まりをおぼえます。又、復活の夕方も、昇天の後も、ペンテコステの朝にも、その同じ部屋だったでしょう。それで、私達は、礼拝堂に集まりますと、弟子達と同じように、主キリストと共に、又、他のキリスト信者達と共に集まります。

              私達の2階の礼拝堂ででもーーほこのどの礼拝でもで、集まりますと、何をしましょうか。それは、イエス様と弟子達がした事と同じにしましょう。即ち、祈りましょう。使徒言行録1:14は言います、「[弟子達]は皆、婦人たちやイエスの母マリア、またイエスの兄弟達と心を合わせて熱心に祈っていた」のです。最後の晩餐の時、イエス様は弟子達の為に祈りました、特に、彼らが一つとなるために祈りました:信仰に一つ、愛に一つ、希望に一つ、目的に一つ、宣教の働きに一つ、神様と一つです。これは、現在の教会の絶えない祈りでもあります。

        しかし、教会は「一つ」ではないみたいです。現代のキリスト教会の宗派の数は、一千以上になりました。特に、プロテスタント教会の中には、いろいろの喧嘩があって、新しい宗派の数が増えて増えてきました。ルーテル教会でも、かなり分裂しています。分裂の原因はさまざまです。例えば、礼拝の持ち方と音楽の好き嫌い事から、とっても大切なものまだです。例えば、イエス・キリストの福音の理解で分裂しています。私達は本当に一つになる事が出来るでしょうか。教会の中の一番大きなスキャンダルとは、このキリスト教会の分裂です。キリストによる本当の一致(いっち)が可能でしょうか。ただの夢ですか。答えられていない祈りですか。

        私達、一人一人は罪人です。罪は、私達を神様と救いから引き離します。悪魔は、神様から、又、信者達の交わりから私達を離そうと思います。悪魔が言うのは、信仰は個人的なことであり、あなたと神様だけの間のものだと言います。しかし、悪魔はうそつきです。イエス様は言われるのは、信仰が交わりだと。先ず、私達はイエス様と共に一つとされています。又、洗礼によって私達は三位一体の神様と一つとされています。この礼拝堂に集まって祈る時、私達は一つになります。私達を分裂させる罪が、イエス様の十字架上の死によって赦されています。キリストにあって一つになります。このようにして、お互いに一つになります。一つになって、福音伝道の働きをします、即ち、赦しと愛と永遠の救いの福音です。今日、私達が一つである事をお祝いします。それで、祈り、讃美、信仰告白、又聖餐式があります。聖餐式は、聖なる交わりとも呼ばれています、即ち、神様と一つになり、祭壇の方に集まる皆と一つになります。

        それで今日、私達はこの2階の礼拝堂に集まりました。子供達が走りまわって、元気で階段をかけて登れば、大人は弱いひざでゆっくり登ります。皆は、一緒に主の名前を呼んで、祈ったり、賛美したり、感謝します。

      

アーメン。

マイケル・ニアフッド、牧師

沖縄ルーテル教会