キリストは復活しました。ハレルヤ!ハッピー・イースター!
皆さんに伝えたい事があります。キリストは復活しました。甦りました。私が伝えるのは、天使が婦人たちに伝えましたし、婦人たちが弟子達に伝えました。弟子達がペンテコステの日に世界に伝えました。又聖パウロはコリントの教会に同じ福音のメッセージを伝えました。そして、今日、私達もその話を述べ伝えます。私達は喜びの歌で伝えますが、イエス様が復活した朝には歌がありませんでした。大きな地震の轟でした。その地震は、天使が天から下ってイエス様のお墓の入り口にあった石をわきへ転koroがしたからです。天使の姿は稲妻のように輝き、衣は雪のように白いでした。番兵たちは、ショックと恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになりました。
石がよこに転がされたので、婦人たちは中を見る事が出来ました。天使が伝えた通りでした。「確かに、あなたがたに伝えました」と天使が言いました。死人の内より甦りましたので、イエス様はお墓の中にいませんでした。婦人たちは、驚くべきではありませんでした、何故ならば、 御自分が復活するとイエス様が伝えたからです。
しかし、それなのに、今日、私達は驚きます。この話が何回も何回も私につたえられたのですが、まだびっくりします。この世の中には、復活は普通のものではありません。天使も、この世のなかでの働きを普通に見ません。この福音の話が私につたえられたので、もしイエス・キリストが神の子ならば、勿論、甦る事が出来ます。復活が普通ではなくても、イエス様が神であるので、復活は理屈に合います。
いつも私を驚かすのは、伝えるたびに、イエス・キリストの死と復活によって、私の罪が赦されている事です。私の罪がたえず赦されています。キリストがただ一度だけ死んで復活しましたが、その死と復活の神の力で今日も、私の罪が赦されてます。私が驚くのは、神の愛と、神の忍耐が 私の罪――僕の罪も、神様は赦す約束を守る事です。
聖書全体が確かに伝える事とは、神様が罪を赦す事です。赦しと愛と哀れみです。聖書の最初の所で、神様はアダムとイヴを赦しました。着物の動物の革は、罪が覆われている印です。カインは兄弟アベルを殺しても、誰もカインを殺さないように、しるしをカインにつけました。エルサレムの神殿での犠牲は罪を赦す為でした。イエス様は、十字架上で、世の罪を取り除く神の小羊でした。その出来事には、神の赦しと愛と哀れみを見ます。第一コリントの手紙15:3で、聖パウロは、このようにそれをつたえました、「最も大切な事として私があなたがたに伝えたのは、私も受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおり私達の罪のために死んだこと」です。 ハレルヤ。
福音のメッセージが述べ伝えられています。キリストは復活しました。ハレルヤ!アーメン。
マイケル・ニアフッド、牧師 沖縄ルーテル教会